ある日の青天の午後。
太陽の光が燦燦と照りつける中、爽やかな風が洗濯物を揺らしている。
「さくら、ちょっといいか?」
呼び止められたさくらは、洗濯物を干す手を止め、振り向いた。
ゆっくりと近づいてきた誠一が、さくらの横にそっと並ぶ。何事かとさくらは大きな瞳で誠一を見つめた。
「いろいろありがとう。父上のこと、聖のこと、あと……俺のことも」
さくらは不思議そうな顔をする。
智彦と聖のことはわかるとして、誠一に何かした覚えはない。さくらが目をしばたたかせていると、誠一は急に吹き出した。
「ははっ、そうだよな、なんのことかわからないよな。
……それでいい。おまえはそのままで、いい」誠一が優しい眼差しでさくらを見つめる。
最近の誠一は、以前に比べ、すごく穏やかな雰囲気をまとうようになってきていた。
これは嬉しい変化だと、さくらは密かに喜んでいる。「家のことは気にするな。
おまえたちが結婚したところで、黒崎家にはこの俺がいる。 いい嫁でも見つけて、この家を支えていくつもりだ。おまえらは自由にラブラブしてろっ」誠一が嫌味っぽく笑うと、さくらは顔を赤くする。
「な、何を……」
でもそれは、誠一なりの優しさだとわかっていたので、さくらは素直にお礼を言った。
「ありがとうございます、お兄様」
冗談で言ったつもりだったが、誠一は真顔で黙ってしまう。
怒らせてしまったのかと、さくらは焦った。
「す、すみません、調子に乗りました。最近の誠一様はお優しくなられたので、冗談も通じるかと」
さくらが慌てふためくその横で、誠一の頬がほんのりと赤く染まっていたことは誰も知らない。
屋敷には、いつもの日常の風景が戻ってきていた。厨房で忙しく料理するコック、朝食の準備に走り回るメイドたち。
その中に、さくらの姿もあった。午後のティータイムの時間。 さくらは聖の部屋で、紅茶を入れているところだった。 熱々の紅茶をポットからカップにゆっくりと注いでいく。 その様子を、聖はすぐ隣で嬉しそうに眺めていた。 ずっと見られていると、どうも落ち着かない。 さくらは聖を注意する。「聖様、そんなにいつも見られていては、仕事がやりにくいです」 そう言っても、聖は全然言うことを聞いてくれない。 常にさくらから目を離さず、じーっと見つめてくるのだ。「だって、さくら可愛いから。 それに、見張ってないと誰かに盗られるかもしれないだろ?」 ちょっと拗ねたように唇を尖らせる聖。 可愛いなと思いつつ、さくらは眉を寄せ、反論する。「誰が私を盗るっていうんですか? 私を好きって言ってくれるのは聖様だけですよ。 それに、私は誰のものにもなりません、聖様だけのものですから」 自信満々にそう言い切るさくらを、聖はあきれたように眺める。 さくらはわかっていないのだ、自分がどれほど魅力的か。 そして、聖のライバルがすぐ近くに二人もいるということも、ちっとも気づいていない。「さくらは鈍いからなあ」 「私のどこが鈍いのですか?」 少し頬を膨らませて怒るさくらに、聖は笑った。「そういうとこが」 聖は急にさくらを引き寄せ、自分の膝の上に座らせる。「ひ、聖様っ」 さくらが顔を赤らめ、聖の腕の中でもがく。「僕だけのさくら」 耳元で囁かれ、さくらがビクッと反応する。「さくら、耳感じるの?」 聖が面白そうに問いかけると、さくらの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。「そ、そういうこと言わないでください!」 「なんで? これからそういうことが大切なんだよ」 聖は楽しそうに笑っている。 そのとき、急にさくらの脳裏に映像が浮かんだ。
ある日の青天の午後。 太陽の光が燦燦と照りつける中、爽やかな風が洗濯物を揺らしている。「さくら、ちょっといいか?」 呼び止められたさくらは、洗濯物を干す手を止め、振り向いた。 ゆっくりと近づいてきた誠一が、さくらの横にそっと並ぶ。 何事かとさくらは大きな瞳で誠一を見つめた。「いろいろありがとう。父上のこと、聖のこと、あと……俺のことも」 さくらは不思議そうな顔をする。 智彦と聖のことはわかるとして、誠一に何かした覚えはない。 さくらが目をしばたたかせていると、誠一は急に吹き出した。「ははっ、そうだよな、なんのことかわからないよな。 ……それでいい。おまえはそのままで、いい」 誠一が優しい眼差しでさくらを見つめる。 最近の誠一は、以前に比べ、すごく穏やかな雰囲気をまとうようになってきていた。 これは嬉しい変化だと、さくらは密かに喜んでいる。「家のことは気にするな。 おまえたちが結婚したところで、黒崎家にはこの俺がいる。 いい嫁でも見つけて、この家を支えていくつもりだ。おまえらは自由にラブラブしてろっ」 誠一が嫌味っぽく笑うと、さくらは顔を赤くする。「な、何を……」 でもそれは、誠一なりの優しさだとわかっていたので、さくらは素直にお礼を言った。「ありがとうございます、お兄様」 冗談で言ったつもりだったが、誠一は真顔で黙ってしまう。 怒らせてしまったのかと、さくらは焦った。「す、すみません、調子に乗りました。最近の誠一様はお優しくなられたので、冗談も通じるかと」 さくらが慌てふためくその横で、誠一の頬がほんのりと赤く染まっていたことは誰も知らない。 屋敷には、いつもの日常の風景が戻ってきていた。 厨房で忙しく料理するコック、朝食の準備に走り回るメイドたち。 その中に、さくらの姿もあった。
そう言われた聖は不思議そうに首を捻る。「僕のせいなの?」 「聖様がお優しいから……」 さくらは聖の服をぎゅっと握る。 そんなさくらを、聖は愛おしそうに見つめていた。「僕はね、ずっと前から君の能力に薄々気づいていた。 まあ、決定打になったのは、今回の父上の件があったからだけど。 さくらはずっと僕のピンチを救ってくれていたよね? 気づかれないように気をつけていたみたいだけど、あんなに何度も助けられていたら鈍い僕だってわかるよ。 それでも、はっきりしたことはわからなくて、なんとなくそうかなって思ってた。 ……嬉しかったよ、いつも一生懸命に僕を助けてくれる君が、愛しくて、可愛かった。 一緒にいればいるほど、僕はどんどん君に惹かれていく自分をを止められなくなった。 誰よりも優しくて、一生懸命で、純粋で可愛いさくら……。 それなのに、なかなか打ち明けてくれないから、寂しかったな」 聖はさくらの髪に触れると、潤んだ瞳を向ける。 さくらもそれに応えるように、たどたどしく聖を見つめ返した。「聖様を失うぐらいだったら、今のままでいいと思ったんです。 言ったら嫌われてしまう、離れていってしまうと思っていたから。主と使用人という関係でも、例えどんな関係でも、ただお傍にいたかったんです」 さくらの瞳も潤み、艶っぽい輝きを含んでいた。 そんな瞳に見つめられた聖は、短い吐息をつく。「そんな瞳で見つめられると、我慢ができない」 さくらが何か言う前に聖はさくらの口を塞いだ。 聖の腕がさくらをきつく抱きしめ、彼女の動きを封じる。 別に抵抗するつもりもないので、さくらはそのまま聖に身をまかせた。 聖のキスが激しく深みを増していき、さくらは苦しそうに息を吐く。「ひ、じり……さまっ」 さくらの様子に、聖は唇を少しだけ離す。「さくら、可愛い……。先に進んじゃ駄目?」 聖が可愛く聞いてくる。
そして、聖はみるみる元気を取り戻していき、無事に退院することができた。 聖は話をするため、さっそくさくらを部屋に呼び出した。「さくら、まだメイドやめてなかったんだね」 メイド服姿のさくらを見て、聖がつぶやく。 さくらは聖の婚約者になったのだから、もうメイドでいる必要はなかった。「はい、だって何かしてないと落ち着かなくて。 いいんです、私はこの仕事が好きだから」 誇らしい笑顔を向けるさくらに、聖は嬉しそうに微笑み返す。「さくらがしたいなら、すればいいよ。僕もさくらのメイドは似合ってると思う」 しばしの沈黙の後、聖は急に真剣な表情になった。「さくら。……僕にずっと隠してることあるよね?」 ドキッとした。 さくらは高鳴る胸を抑え、必死に動揺を隠す。 しかし、もう言わなければいけない、それはさくらにもわかっていた。 意を決して、口を開く。「聖様、ごめんなさい、私――」 「未来が見える能力」 「え……」 「……だろ?」 さくらは驚いて聖を見つめる。「さくらが僕に何かを隠して苦しんでいるのはずっとわかってたんだ。言ってくれないことが寂しかったよ、信頼されていないのかって」 「そんなことっ」 「わかってる。恐くて言えなかったんだろ? 僕に嫌われるんじゃないかって」 さくらは聖のことを真っ直ぐに見れず、視線を逸らしながら頷いた。 聖が能力のことをどう思っているのかが気になる。 戸惑うさくらの腕を掴み、聖がさくらを引き寄せる。 さくらは聖の腕の中にすっぽりと収まった。「馬鹿だな……。僕がさくらを嫌うと思う? 離れていくと思う? それは絶対にない。 ――反対に考えてみて、僕がもしその能力を持っていたとしたら、君は僕を嫌いになって離れていくの?」 聖の問いに、さくらはおもいきり頭を横に振る。「いいえ! 聖様のことを嫌うなんてありえません。
「ん……」 さくらが目を開ける。 すると、いつもそこにあった聖の顔が無い。変わりに上半身が目に飛び込んできた。 慌てたさくらが上を向くと、優しく見下ろす聖の視線とぶつかる。 さくらは驚き、口をぽかんと開いた。「ひ、聖……様」 さくらは聖を穴が開くほど見つめ、震える手で聖の頬に触れる。 聖はその上からさくらの手にそっと触れた。「さくら……」「聖様!」 さくらが勢いよく聖に抱きつく。「よかった。――聖様っ、よかったあ!」 泣き喚くさくらを、聖は宥めるように優しく抱きとめた。「さくら……君が無事でよかった」 さくらの泣き声が響き渡る中、旭が聖に声をかける。「お目覚めになったのですね、本当によかった」 心からほっとしたような表情を見せる旭に、聖も微笑みを返す。「ああ、世話をかけたな。旭もいろいろありがとう」 穏やかに微笑む聖は、愛しそうにさくらを見つめる。 泣きじゃくるその背中を、ただ優しく撫で続けていた。 聖が目を覚ましたことを聞きつけた誠一と智彦が、急いで病院へ駆けつける。 先に着いたのは誠一。 誠一は聖を見ると、ほっと胸をなでおろし微笑んだ。「よく、頑張ったな」 誠一に褒められたことなんてなかった聖は、頬を染めながら嬉しそうに微笑む。「心配かけてごめん、ありがとう」 聖が可愛い笑顔を向けると、誠一もはにかんだように笑った。 次に病室に飛び込んできたのは智彦だった。 智彦は聖を見るなり、さくらと同様いきなり聖を抱きしめてきた。「聖! よく耐えたな。 ……生きていてくれてありがとう。いろいろすまなかった!」 大の男
病院に運ばれた聖は、すぐに手術室へと運ばれていく。 皆、祈るような気持ちで聖の無事を待った。 それは長く、途方もない時間のように思われた。 待っている間、さくらの体は震えていた。 恐くてしかたない、聖を失ってしまうかもしれないその恐怖に、さくらは耐えられそうになかった。「さくらさん、大丈夫ですか?」 旭が、温かいココアの入った紙コップをさくらに差し出す。 さくらは戸惑いながらもそれを受け取り、一口飲んだ。 なんだかほっとして、心が落ち着きを取りどしていくような気がする。「ありがとう……」 さくらのか細い声に、旭は優しく微笑む。 そして、旭は静かにさくらの隣へ腰を下ろした。 こういう彼の気遣いに、いつもさくらは救われていた。 本当に旭には頭があがらないことばかりだ。 旭に感謝しつつ、さくらは聖の無事を祈り続けた。 旭の処置が早かったおかげで、なんとか一命をとりとめた聖は、病室へと移された。 しかし、意識は戻らず、聖はずっと眠り続けている。 医者からは、いつ目覚めるかわからないと告げられた。 眠り続ける聖に、智彦はすがりつき、泣き叫ぶ。「聖、すまないっ、こんなことになるなんて! 私が刺されればよかったのだ、おまえが刺されることなんてなかった。 ……目を覚ましてくれ!!」 泣き崩れる智彦の肩に、そっと手を置く誠一。 悲しげな瞳を聖に向ける。「馬鹿だな、本当に……」 誠一の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。 聖の横でずっと手を握ったまま動かないさくら。 何も言わず、固まってしまった人形のように、ただずっと聖の手を握り続けていた。 それから、一週間が過ぎた。 さくらは片時も離れることなく、ずっと聖の側にいた。 智彦も誠一も、さくらが